May 30, 2016

歴史的な・・

オバマ大統領の広島訪問はかなり急な発表でしたよね。市内までオバマ大統領に会いに行きたいと思っていましたが、興味本位の私ごときが・・・と思い直して、歴史的な訪問と歴史的な平和公園での演説を自宅のリビングで正座しながら(^^)テレビでみました。岩国基地を出られるところからずっとリアルタイムで見ていました。見慣れた市内の街並みの中を、大統領の車列が走っている状況がすごく不思議でした。

平和公園に到着して、原爆資料館に入られた瞬間、いったい何分間見学されるのか?というのがすごく気になりましたが、結局はその時間の長さというのは問題ではないんですよね。

その後、平和公園での大統領の演説が始まった頃、夕暮れがせまりつつあった広島は、すごく穏やかで心地いい風が吹いていて、なんだかすべての時間が止まったように静かな感じがしました。穏やかな日で本当によかったと思いました。


オバマ大統領の広島訪問が、直前まで発表できない理由


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April 28, 2016

野に咲く花

クロとの散歩の途中、畑の端っこで元気にきれいに咲いているお花がなぜか気になって、後で名前を調べてみようなんて思いながら帰宅したら、なんと・・わが家の玄関先に、今見てきたばかりのお花がどさっと束で置かれていたのです。だれかが届けて下さったようでした・・・

春の日に舞い降りた不思議なシンクロ(ニシティ)。またまたこれもお花の連鎖なのでしょうか(^^)

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数えきれないほどの人と出会いながら たった一人の人の前で立ち止まり 見知らぬその人に故郷のような懐かしさを感じる瞬間。 友達よりも、兄弟よりも、両親よりも、自分の生まれた故郷よりも 懐かしさを感じる人に会う。 今思えば私は その瞬間から自分の故郷を離れたのかもしれない。 自分で見つけた故郷の中で 私はもう何年も生きてきたのかもしれない。

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April 10, 2016

お花の連鎖

我が家に咲いていた芝桜をほんの少しだけ株分けして小さなダンボール箱に詰め、大阪の姉の家に送ったのが3年前の春のこと。姉がその芝桜をさらに小分けして、自分ちの畑に根気よく植えたのですが、それが・・去年今年とどんどん元気に育って、今年はこんなに広くきれいに咲いたのだそうです。畑の周辺の方々から「お花を楽しませてもらってますよ」と声をかけて頂いたと、姉から画像とメールが送られてきました。

↓大阪で元気に育っている芝桜
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少し話しがとびますが・・・

今は年賀状だけのやり取りになっているNさん(大阪の知人の方)から、今年のお正月に頂いた年賀状に書かれていた近況がずっと気にかかっていました。

「左肘を粉砕骨折してしまい、心まで折れそうになりましたが、不自由ながらもどうにか日々過ごしております」と。

どこか痛いところがあったり、体調が悪いと心まで沈んでしまうのは私も経験済みですから、わかりすぎるほどわかりましたが、広島にいる私は何もできないままでした。

そして姉のところの芝桜に戻りますが・・

姉からの芝桜の画像とともに送られてきたメッセージに、芝桜を楽しんで下さっている畑のご近所の方々の中に、Nさんのお姉さまのお名前がまず出てきて、そのつながりでその妹さんであるNさんのお名前も出てきたのでびっくり。

株別れして大阪まで行き、そこで根を張りお花を咲かせた芝桜が、Nさんを癒してくれていたなんて・・ 

お花の連鎖ってすごい(^^) 芝桜に「ありがとう」。

そして思い出したのが吉本ばななさんの「みどりのゆび」です。以前に書いた記事がこちら→みどりのゆび

↓我が家の芝桜(3年前の画像です。今年はイノシシに掘られたのでかなり減ってしまいました)
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January 13, 2016

夢にむかって

気がつけば1月も半分過ぎようとしていて、ぼぉ~っとしているとあっという間に一年が終わってしまいそうな勢いです。

犬のいる年末年始は2年ぶり。お節料理も手抜きで楽をしたので、結構のんびりと楽しく過ごしました。

でもいつもより大人数になった家族が行き交う中で、クロはあちこちに連れまわされて大忙しだったかも。除夜の鐘を聞きながら父さんと初詣もしたようです。私は眠気に負けて寝てしまいましたが・・

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年明けにいつも放送される「あなたの夢かなえます」的な番組が好きなんですよね。今年もみました。 だれかの夢がかなうのは、みているだけで楽しいです。

いくつになっても、そんなに大きな夢でなくても、夢があるっていいなぁって思います。超特急で過ぎていく時間の流れの中でも、ささやかな夢が自分を救ってくれるような気がして・・

トマトが亡くなってからは、もうバーニーズは飼えないと思っていました。あんな悲しい思いはもうしたくないというのが一番の理由かな? でも矛盾してるのですが、もう一度飼えたらいいなぁ~と思っている自分もいたのかもしれません。クロに突然出会って、そんな迷いは一瞬に吹きとんでしまいました。気がつけばクロがキャロ小屋の住人になっていました。ささやかですが今の私にとっては大きな夢だった「バーニーズ」が私のすぐ側にいてくれます。本当に驚きです。未来ってわからないですよね。未来って楽しいですね。

だから、今年もまた夢に向かって歩きます。


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January 06, 2015

穏やかにゆっくりと流れる一年でありますように

久しぶりにSおじさんからメール。
↓に少しコピペしました。(おじさんはここを見ないからだいじょうぶ)


ところで此のヘマ小父さんの生誕地は 廣島市 庚午町 です。もちろん2歳前に○○に来たのですが~~~また、農業って言うか農作業を尊いものと悟ったのが、庄原市 高 と言う田舎で、一応夏休みに受験勉強なるものをしていた時、家の高台からSLの煙を眼前の平野に見降ろしてトランペットを吹いていたら、田んぼからの農の風に身も心もどっぷり浸かってしまったのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この頃って言うか小学校の同窓会に久しぶりに出てから昔の事を良く思い出してしまいまして、此の1月は東京で高校の同期数人が集まってくれる事になったような次第です。 

人生幕引きのとき来たりでしょうか?私的にも時間はもっともっとゆっくり流れてほしいものです

それではyumi様お元気で 良い正月をお迎え下さい!


おじさんは不思議な人で、たくさんの引き出しの中に色々なお話を隠し持っている。

今回は、広島県庄原市という、我が家も行き慣れた場所が、おじさんにとって思い出の場所だと聞かされて驚いた。

そんなことで、久しぶりに庄原に行ってみたいなぁと思っていたら、御無沙汰だったトマトの兄弟の情報が庄原から・・

ふたつの「庄原」が重なり、キャロ父さんとの足並みもそろって、久しぶりに庄原へ。二つの全く違う情報といっしょに、雪景色の庄原をゆっくりと車で走りました。おじさんの思い出や、トマトの兄弟達のこと色々思いながら・・

今年の私のテーマは
「穏やかにゆっくりと流れる一年でありますように」です。

そんな理想にぴったりな時間を過ごすことができた一日でした。
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March 23, 2013

ありがとうがよく似合う

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(トマトも元気してます)

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(去年の画像ですが)

「ありがとう」がよく似合う花の下
今年も浮かれる人がいて
祈る人がいる。
淡くかすんで桜色としか言いようのない花の下で。

      -天声人語より-

あちこちで花がどんどん咲き始めましたね~
桜の開花は例年より早いのかな?

庭先で花の水やりをしていたら
散歩途中の近所の叔父さんが声をかけてこられました。
「芝桜撮らせてね~」って。
植え込みの芝桜が、ちらほら咲き始めたところです。
叔父さんが撮った写真を画面でいくつか見せて下さいました。
「いいのが撮れてたらプリントしてあげますよ」って。
「ありがとう、楽しみにしています」
寒い冬とは違って、春の会話は弾みます。

今、叔父さんが写真を届けてくれました(早い☆)
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January 22, 2013

母との時間

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新幹線に一人乗って広島までやってきた母を、私はホームまで迎えに出ました。新大阪まで送ってくれた兄嫁さんから、「のぞみ21号・13号車両の後ろ出口から降りてきます」とメールをもらっていたので、母が降りてくるであろう付近に立って、母が乗った列車を待っていました。列車がホームに入ってきて止まり、ドアのガラス越しに母を見つけほっと一安心。母も私に気づき笑顔で手を振っていました。その時、カシャと心のカメラのシャッターを押したような気がしました。いつまでもこの時の母の笑顔が私の心の中に残るような予感がしました。

母が広島に滞在したのは9日間。こんなに長く家をあけたのは人生初なのだそうです。 並んで歩くと母はかなり小さくなっていました。特に食べたいものも行きたいところもないらしくて、ただただ私の日常に付き合ってくれて、そうすることを楽しんでいるみたいでした。

母と過ごした毎日は、一日一日がとぎれとぎれではなくて、まるでひとつのストーリーのようにつながっていて、あっと言う間の出来事でした。そんな中でも母は私に、大切なことが何か?もう一度思い出させてくれました。

大阪に帰る日は日曜日でした。キャロ父さんが自分の職場へ母を見学に連れて行ってくれて、広島に来た目的をすべてクリアし、帰りの新幹線に乗り込んだ母は来た時と同じように笑顔で手を振っていました。

我が家のリビングや庭、私の車や、買い物途中眺める景色の中に、母はいっぱい足跡を残していきました。

80歳を超えた母が今、一人で広島に来た意味が、なんとなくわかるような気がします。

母を暖かく迎えてくれたキャロ父さんやまわりの方々に心から「ありがとうございました」

そして母とのこんな幸せな時間を与えてくれた「何か」にも感謝しつつ、でも立ち止まることなく、私はまた日常に戻ります。

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January 05, 2013

激痛~お正月

I20120606256あけましておめでとうございます。大晦日からゲームで盛り上がりつつ、にぎやかに新年を迎えた我が家でしたが、ふと我にかえったら、なんと「歯が痛い~」(^_^;)

私の新年は、歯痛との戦いから始まりました。昨夜は歯痛が頭痛に変化し、死ぬ思いでした。

そして、本日(五日)ようやく歯医者さんが開き治療して頂きましたが、予想通り過激な治療となりました(^_^;)治療して下さった先生や受付の方から「痛かったね~」と慰められ、何度も麻酔を打ったので、しばらく待機。その後、痛みどめを2種類手渡されたので思わず「まだ痛くなるんですか?」と聞いてしまった私。これ以上は痛くならないということで一安心。

さきほど、どうにか治療を終え帰宅し、痛みから解放されたものの、心的外傷後ストレス障害とでも言いましょうか?今は放心状態・・・

でもこんな時の私というのは、ブログを更新することで自分を取り戻していくというタイプのようです。こうやって文章を打ちながら自分の気持ちを整理しています。

いつもは歯医者さんはあまり行きたくないところと思っていましたが、お正月に歯が痛くなって、歯医者さんに行きたくても行けない状況を経験し、歯医者さんの存在に、感謝しなくてはいけないことに気がつきました。

生きてるって「痛いんだ」って思ったお正月・・
今年も『こんな私』といっしょにがんばっていこうと思います。


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November 29, 2011

今の君を・・

011_2秋らしくない暖かい日が続いていたかと思ったら、ここにきて気温がぐっと下がってきました。まわりの景色も冬色に変化しつつあります。一日が36時間くらいあったらいいのになぁ~と思う季節になりました。日没が早くて、毎日せかされてるような気持ちになります。あれもこれもと思いながら、時間がさっさと過ぎていってしまいます。


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August 31, 2011

一歩

お元気ですか? まだまだ暑い日が続いていますね。私は・・少し動くとどっと汗をかく、そんな繰り返しをして過ごしています。いつからこんなに汗かきになったのでしょう? いい汗をたくさん流せるというのは元気だということだと思っていますが(^^)

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お盆明けの休日、久しぶりにカフェホクストンでランチしました。目の前に広がる瀬戸内海を眺めながら、「今、地震が起きて津波がきたらどうする?」なんてことを話していました。Twitterで地震速報をフォローしてみましたが、こんなに頻繁に日本が今も揺れていることに驚きます。

さてさて・・今年の夏、私は一歩前進。自分にしかわからないほどの小さな一歩ですが、昨日の自分とは違う自分に出会えたというのは、それはたとえばお金では買えないものを得られた時のような・・言葉にはできないほどの感動(^^) 親としてでもなく、妻とかでもなく、何かに属する自分ではなくて・・私が私として成長していくことがだいじ・・そんなことを思って努力し過ごした今年の夏でした。

今年も夏の終わりには・・小澤征良さんの『 おわらない夏』
大好きな文章です。

そんな感覚はたとえば、夕方の寒くなった道を飼い主につれられた犬が心の底から喜んでいるようにしっぽを振っているのを見た瞬間にやってきた。または、人ごみの街中をそっと手をつないで歩く老夫婦の後姿とすれ違う瞬間に。あるいは誰もいない夜中の街角にとりつけられた、ひっそりとチカチカひかるクリスマスの飾りつけを見たときに。

毎日の生活の中に見えかくれするやさしい気持ちとか、愛情とか思いやり。そんな瞬間を見てしまって、何ともいえず幸せな気持ちになった。胸のなかがあたたかくなって安心したような気がした・・・・・・・・・・
でも、世の中には辛い気持ちや、逆境に耐えて闘い続ける人もいる。信じられないような悲しい事件がおきる。いろいろな悲しいことの起こりうる世の中で、人が生きてゆけるのは、世の中にああいう美しい瞬間が―砂漠のなかにかくされた水滴のように―ちりばめられているからだ、と思うようになった。

結局そうなんだ、そんなふうに愛情のこもった小さな瞬間をどれだけ人生のなかでもてるか、それが一番大切なんだ、と感じるようになった。いつかくる自分が死んでゆくとき―そのときまでに、どれだけ多くそういう瞬間を私は持てるだろう、一生のうちに私はどのぐらい人にそれを与えられるのだろう、と。

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