October 02, 2009

終の住処

51rbmu09hll__sl500_aa240_
【終の住処(ついのすみか)】磯崎憲一郎

芥川賞受賞!と書かれた帯がかかっているのですが、100ページ程の短編で1時間もあれば読めてしまいました。青空を背景に荒れ果てた家が映っている表紙の写真が印象的です。物語は・・なんだかあきらめきったような夫婦、子供を介してしか会話ができないまま過ぎていく時間。子供連れで出かけた遊園地で観覧車から眺めた自分達が住んでいる町の景色。それから突然11年間、口を利かなくなった妻。。という感じです。

私自身のことですが・・若い頃、遊園地大好き人間でした。それこそありとあらゆる遊園地に行きました。観覧車にもたくさんたくさん乗りましたが、今思い出してみると観覧車からの眺めをほとんど覚えていません。若い私は高いところから遠くを眺め楽しむという感性に欠けていたのかもしれません。ただただ大きな観覧車に属している小さなひとつの空間の中にいることだけに満足していたのかもしれません。自分のすぐ前しか見てなかったけど、ものすごく楽しい時間だったことだけは覚えています。そしてこの物語との大きな違いは、観覧車を降りてからも、私の(私達の)会話は途切れなかった・・ということ。

人生においてはとうてい重要とは思えないもの、無いなら無いに越したことはないようなものたちによって、かろうじて人生そのものが存続しているのだった。

記憶に残っているのは、残っていくのは、特別な日や特別な出来事ではなくて、なんでもない一瞬のなんでもない場面やしぐさや言葉であったりする。そういうなんてことない小さなものが、ずっとずっと心に残って光を発し続ける。私にとっては、あの時の観覧車を忘れることはないし、あの時の一日がこれからの人生よりもずっとずっと大きい存在であり続けるのだろうと思う。そしてこれから先においてもそういう瞬間に出会えるような、やわらかな日々を大切にできる自分でありたい。

Dsc02911_2 Dsc029071

| | Comments (2) | TrackBack (0)

September 03, 2009

1Q84

388a899f5a14f4933707bfa723d2014d 145be23c572e8ba7584138043ce91fe2

ようやく読み終えました。

昨夜、キャロ父さんが
「月のそばに大きな星が見えるよ。あんなのあったかな?」って
話すのでびっくりしました。
それって1Q84の世界ですよ(^^)

一言も見逃さないようにと覚悟を決めていましたが
やはりいつものごとく見失いそうになりました。

現実の様々な雑踏の中で合間合間に
本をセカセカ読んでいると頭が変になりそうで
ついつい見上げた空に浮かんだ月の数を数えてみたりして(^^)

一番好きな場面は・・

何年も父親をさけて暮らしていた彼・天吾(主人公)が父親と再会する。父親は海の近くにある認知症患者のケアを専門にする療養所に入っている。「元気ですか?」と天吾が父親に尋ねると父親は「おかげさまで」とあらたまった口調で答える。息子である自分のことを父親がどこまでわかっているのかわからないまま、それでも天吾は今までの空白を埋めるように、自分の中の想いや疑問、自分がどんなふうに生きてきたのかを話し続ける。帰り際、天吾が「さよなら、お父さん。近いうちにまた来ます。」と言い、ドアに手をかけてもう一度振り返ったとき、父親の目から一筋の涙がこぼれている・・

村上春樹さんの世界はいつも複雑で広すぎる・・
だからどのようにその物語を読むかは自分次第。

現実の世界だってかなり複雑に入込んでいるものだ。
そしてどんな世界にいても
自分は自分でしかありえない。

自分が何を思っているのか
自分が今、伝えるべきことは何なのか
自分が行うべきことは
そしてそこに心を込めているかどうか
自分に正直であるかどうか

どんな世界においても
どんな場面においても
そういうことを心にしっかりと持つことで
正しい力が与えられる。

と、そんなことを思いながら読んだのですが・・私としては。

そして
天吾のそれとはかなり違うのですが・・

何度も思い出す場面(私自身の中の)がある。
何度思い出してもその場面で
いつも私はものすごく正直に自分を表現することができている。
何度戻ってもいつも同じだ。

そしてそのシーンでは
私を遠くから見送ってくれている人が見える。
もう二度と会えないわけではないのに
二度と会えないんじゃないかと思ってしまうほど
大きく大きく手を振って私を見送ってくれている。
感謝と寂しさの入り混じったその瞬間は
私の人生においての原点なのだと思う。

僕は誰かを嫌ったり、憎んだり、恨んだりして生きていくことに疲れたんです。誰をも愛せないで生きていくことにも疲れました。僕には一人の友達もいない。ただの一人もです。そしてなによりも、自分自身を愛することすらできない。なぜ自分自身を愛することができないのか?それは他者を愛することができないからです。人は誰かを愛することによって、そして誰かから愛されることによって、それらの行為を通して自分自身を愛する方法を知るのです。僕の言っていることはわかりますか?誰かを愛することのできないものに、自分を正しく愛することなんかできません。

この物語の中心にあるのは、多分こんな信念、こんな率直さだ。あらゆるものが入り混じり、吹き荒れる強風の前では、こんな気持ちはいかにも頼りないけれど、でも、中心にはこれしかないのだということ・・なのかな?

『1Q84』は私てきにはこういう感じ・・

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 16, 2009

自分の中に

『奇跡は一歩進んだ人に起こる』

こんな前向きな言葉に出会い、新年がスタートしてすでに3ヵ月が過ぎてしまいそう。一歩進むための努力をとりあえず止めないように努力してきた3ヵ月でした。

そういう私が『夢をみながら耕すヒトになれ』という言葉にまた出会い・・

求めるものはいつも自分の中にあり、そのための努力に没頭することで、求めるものが自分に与えられ・・そしてふと目を上げるとまわりの景色が変化していて、自分が今までとは少し違う場所に運ばれている。それはとても小さな違いだけど・・大きな快感、感激です。『答えは自分の中にある』ってことはこういうことなんだなぁと・・

31zy5jfmwfl__sl500_aa240_『夢をみながら耕すヒトになれ』は竹中さんの本に見つけた言葉です。これと並行して読んでいたのは『やがて消えゆく我が身なら:池田清彦』です。全く対照的な本ですが、そういう本の読み方もおもしろい・・というか、ひとつのことを違った面から眺めることで、より自分が求めているものが見えてくるような気もします。

たとえば、竹中さんは子供の頃の夏休みの宿題は夏休みの初日にすべてやってしまったそうです。逆に池田さんは、夏休み中ずっと虫取りに没頭して過ごし、宿題は最終日に必至でやったのだそうです。私はどうだったかなぁ?・・私はどちらでもなくて・・毎日宿題を気にしながらも、ちまちまと遊び、宿題をやろうともするけどちっとも進まなくて、結局、遊びに没頭することもできないで過ごしていたような・・中途半端な私にはこのお二人の両極端な生き方が新鮮(^^)

*************************

お彼岸近づいてきたので、お花を調達するために早起きして朝市へ行ってきました。地元の新鮮なものがたくさん売られていました。

    新鮮野菜         地元のパン屋さんの焼きたてパン
Dsc02649      Dsc02650


椎茸の菌が埋め込まれた木    うちの晩御飯(お弁当ふうに)
Dsc02646      Dsc02637 


| | Comments (2) | TrackBack (0)

February 26, 2009

一歩ずつです

突然、課題が与えられたので、それにチャレンジすることにしました。そんなたいそうなことではないのですが、今の私からするとものすごく高いハードルです。

ここのところの時間の流れの速さには諦め気分でした。でも、諦めて自分が退化してくのをただただ眺めているのは寂しいです。

こういう私の日常に、努力するべきもの(具体的な)が与えられるということは、とてもラッキーだというとらえ方をしました。でもこの「努力」ですが・・言うのは簡単なんですが、日々コツコツと努力し続けるということは、才能以外の何ものでもないような気がします。そういう才能があるかどうかが問題です。

とにかくそんなことを考えているよりも、私は一歩ずつ前に進むことにしました。

で、目的にむかっての課題を少しずつこなしながらも、並行して今、読んでる本はこれ↓です(^^)

Img_1cec7b77928c9fbd0478dbf611525db勉強は辛いこともあるかもしれないけれど、楽しい、面白いものだと、つくづく思います。そして、その時の苦労と努力によって培った力は、どんなことがあっても失われることはないと思うのです。一歩一歩上がった階段は、なかなか落ちることはありません。

日本という国がさらに豊かになっていくためには、日本人一人一人が、成長していく必要がある、勉強していく必要があると思います。それは、受験の勉強ではありません。人間としての力を蓄え、物事を考える、正しいことを見極める力を持つことだと思います。

学ぶことは、楽しく、尊いことです。なにかを知りたい、自分を変えたいと思った瞬間、あなたの勉強はスタートすると思うのです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 22, 2009

なんとなく

Dsc02200_2イスラエル最高の文学賞・エルサレム賞を受賞した村上春樹さんが、エルサレムでの授賞式に出席された際の、スピーチ全文を読んでみました。

「ノルウェイの森」「海辺のカフカ」「ねじまき鳥クロニクル」等、なんとなく惹かれるものがあって繰り返し読んだことがありますが、何度読んでみても、そのなんとなくは未解決のまま自分の中に残りました。

日々の暮らしの中で、その残った塊が時折、すっと舞い降りてくるように思い出されて、私自身の日常の小さな出来事とか思いが、そこにつながっていくように感じることがあります。

自分の中で少しずつ解きほぐされながら、それでもなおずっとずっと心の中に残っているような・・いつまでも尾を引くようなこんな感じは、彼の作品に共通しているものかもしれません。

彼のスピーチをゆっくり読んでいると、彼の作品の中に住んでいる、私がなんとなくとしか表現できなかったものが、少し見えてきたような気がします。

↓少しだけ抜粋しました。

「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ということです。

その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。
 
私達は皆、多かれかれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。

私が小説を書く目的はただ一つです。個々の精神が持つ威厳さを表出し、それに光を当てることです。

全文はこちらで→村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 10, 2008

自分からの解放

31rndzsqtml欲望する脳:茂木健一郎

「ある人の価値は、何よりも、その人がどれくらい自分自身から解放されているかということによって決まる」(アルベルト・アインシュタイン)

作者がこの言葉に最初に触れたのは、高校生の時だった。その時は、何かとてつもなく大切なことを言っているということだけしかわからなかった。最近になってようやくその言葉の意味について思索を再開したのだそうだ。

「私」という主語に囚われることは、すべてにおいての真実に目を閉ざすことを意味している。科学とは、「私」に囚われず、この世界の様々なものの「相手の立場」に立って考えてみる営み。そのことは、「私」というブラックボックスから解放されることで初めて可能になる。アインシュタインの「世界政府」構想発表も、科学の分野での天才的独創性の発揮も、すべてが「私」からの解放に始まっているということ・・

『小さな物語でも自分の人生の中では誰もがみな主人公』
そんな歌があったよね。
いつもだれだって自分中心で毎日を過ごしている。
それは普通のことで
脳はいつも自分のために何かを欲している。
でも・・

北風が吹き出した庭で、今にも死にそうな「カマキリ」を見つけた時
カマキリの一生で起こることを想像してみた。
どうやって生きてきたんだろう
どうやって死んでいくんだろう・・とか。
カマキリの立場に自分を置いてみる

「私」が自分の中で特別な意味を持ち続けることは認めた上で、様々な他者と行き交うための工夫を凝らす。ニュートンがリンゴなんて勝手に木から落ちてくるんだろうと思わないで、「リンゴの気持ち」になって「どうして下に落ちなければならないか」と考えたように・・つまり「客観性」は冷たいものではなくて、実は、他者への思いやりに結び付きそこから何かが始まる。

人間と人間の間でも同じ。他者への真摯な関心を持ち続けることは、心をしっとりと柔らかなのものに保つ・・「思いやり」につながっていく。「私」という主語に囚われない。主語を置き換えてみる。こういう工夫で、自分自身も解放されていく。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 25, 2008

おわらない夏

夏の真最中にエアコンが壊れ、仕方なく新しいエアコンを大急ぎで取り付けてもらったとたん、秋風が吹き出しました。あの暑さがうそのように消え夏も終わりみたいです。

この季節・・読みたくなるのは、小澤征良さんの『 おわらない夏』

4087478289_2そんな感覚はたとえば、夕方の寒くなった道を飼い主につれられた犬が心の底から喜んでいるようにしっぽを振っているのを見た瞬間にやってきた。または、人ごみの街中をそっと手をつないで歩く老夫婦の後姿とすれ違う瞬間に。あるいは誰もいない夜中の街角にとりつけられた、ひっそりとチカチカひかるクリスマスの飾りつけを見たときに。

毎日の生活の中に見えかくれするやさしい気持ちとか、愛情とか思いやり。そんな瞬間を見てしまって、何ともいえず幸せな気持ちになった。胸のなかがあたたかくなって安心したような気がした・・・・・・・・・・
でも、世の中には辛い気持ちや、逆境に耐えて闘い続ける人もいる。信じられないような悲しい事件がおきる。いろいろな悲しいことの起こりうる世の中で、人が生きてゆけるのは、世の中にああいう美しい瞬間が―砂漠のなかにかくされた水滴のように―ちりばめられているからだ、と思うようになった。

結局そうなんだ、そんなふうに愛情のこもった小さな瞬間をどれだけ人生のなかでもてるか、それが一番大切なんだ、と感じるようになった。いつかくる自分が死んでゆくとき―そのときまでに、どれだけ多くそういう瞬間を私は持てるだろう、一生のうちに私はどのぐらい人にそれを与えられるのだろう、と。

『かけがえのない人に出会えるかどうか
たった一人でいい、そういう人を見つけることができるかどうか
それがだいじだよ、何よりも』
そんなことをついつい言ってしまう私は
大丈夫なんだろうか?と自分でも思う。
私の中ではそういうことが一番にあって
大事な場面では必ずそういう思いが溢れ出してしまう。
こんな大人でいいのか?
もっと現実的な伝えるべきことがあるんじゃないかと・・
でも思いうかぶのはこんなことしかなくて
申し訳ないなぁ~と思うわけです。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

May 30, 2008

化学作用

02209901 02209902
本屋さんでいつも眺めながら素通りしていたのですが、お友達のブログ記事にその本のことが書かれていたので、ふと読んでみたいなぁって思って・・『海辺のカフカ』を一目散に読みました。どんどん読めるんですが、かなり難解(私には)。でも今の自分と重なり合う部分もたくさんあって、自分の気持ちを優しくなぞってもらってるような気がして、心にしみました。

この春、不思議な体験をしているってことを以前に書きました。普通の日々を過ごしながら心だけ過去のある部分にすっぽり戻っているようなそんな感覚をずっとずっと味わっていました。まるで『海辺のカフカ』の中に登場する『佐伯さん』の如くです。なつかしい写真とか手紙に自分が心ごと過去に引き戻されていくのを何度も感じて・・でも私は今の中に生きいて、今と過去を行ったり来たりしながら、そしてその狭間には寂しさが漂っていて・・それは佐伯さんが感じていた『思い出は心を温めてくれると同時に、心を激しく切り裂いていくようなところがある』っていう気持ちに重なりました。

この世界は休みなく時が流れ、ものごとが損なわれつづけ、心が移ろいつづけていく。それを止めることはだれにもできない。私の感じていた寂しさはそういうところにあったのかなぁ?彼女のように、時間の流れの止まった別の世界に入るための入り口でフラフラ~としていたのかもしれません。

ただそれは、私にとって後ろ向きなことではなくて、そういう不思議な体験をしながら、自分がまた次の自分へ一歩進んでいるのを感じていました。私が寂しさよりももっと深く感じとったのは(感じとりたいと思っているのは)、ある種の大きな前向きな思いです。今回の経験を通して、私の中に新しい何か(本の中の言葉をかりれば・・化学作用のようなもの)が起こり、そしてそのあと私は自分の世界が広がり続けているような気がしています(そうであったらいいなぁ~と)自分のまわりにいる人達への思いがすごくすごく変化しました。人間って本当に不思議です。

『海辺のカフカ』まだまだ・・なので、もう一度読みます(^^)

| | Comments (4) | TrackBack (0)

May 16, 2008

メモリー・キーパーの娘

41eejgb8mql_3キム・エドワーズ

宮崎真紀【訳】

医師ディビッドは、初めての我が子を自らの手で取り上げた。無事に男の子が生まれたが、その後もう1人・女の子が・・双子だった。女の子には障害があった。生まれたばかりの娘を彼は妻に知らせないまま、施設へとおくることを決意する。ディビッドにはダウン症の妹がいた。妹は幼い頃に亡くなり、そのために父も母も自分も悲しい思いをした。同じ悲しみを妻にはさせたくないという一心だった。しかし、そこから生まれた『秘密』は、彼を苦しめ、彼の長い長い後悔の人生が始まる。たった一つの秘密が大切な家族の運命を大きく変えていく。

-以下本文より抜粋-

光をつかまえることなんてできないんだ。ただ顔を上げ、降り注ぐ陽射しをじかに感じればいい。

記憶は一歩進むごとに、こぼれ落ちていく。来年、あるいは5年後、はたしてこの瞬間を覚えているだろうか?でも、それはそれでいいような気がする。

双子の兄妹はお互いの存在を知らないまま成長する。音楽家になった彼(ポール)と、コピー店でコピーを取る仕事をする彼女(フィービ)。別々に生きてきた二人の人生が初めて交わる瞬間。二人の会話がなんとも悲しく、そしてほほえましい。優しく話しかける兄。たどたどしく答える妹。私の一番好きな場面。

父親(ディビッド)は、とにかくたくさんの写真を撮り続ける。記憶を留めるために・・幼い息子を撮る。そしてその中に手放してしまった娘を追い求める。

時間を戻すことはできない。あの頃には戻れない。そんな悲しみがここのところ私の中に湧いている。何十年も前の自分の写真。確かに若い自分がそこには存在している。でも写真だけだ。もうここにはあの時の自分はいない。あの時の自分の気持ちを想像することができても、ただ想像するだけでしかない。記憶はこぼれ落ちていくしかないもので、それはだれにも止めることはできない。それはそれでいいんだよね。それでいいんだ。


| | Comments (6) | TrackBack (0)

May 02, 2008

流星の絆

41vqtpxt2bxlキャロ父さんから図書カードをゲット♪早速、使わせて頂いて・・東野圭吾さんの『流星の絆』読みました。ミステリー小説とかあまり好きじゃないんですが、東野さんのは好きです~(なんで?)とりあえず感想は・・本の中に出てくるアリアケの『ハヤシライス』が食べたくなりました。

で、我が家の今日の晩ご飯は『ハヤシライス』となりました。ただいまシャトルシェフの中で保温調理中♪今夜の食事予定時間は、11時過ぎ頃(キャロ父さんから帰るメールあり)になりそうなので、ちょうどよい具合に出来上がりそうです。

さてさて・・私、久しぶりに髪をカットしてきました~
な・な・なんと~20cmもカットしました。
多忙なキャロ父さんは
気づいているかどうか不明ですが・・(おいっ!)
近所のおばさんが気づいてくれて声をかけてくれました。
『yumiちゃ~ん、今日はきれいにしてるね~』って^_^;
『昨日は汚かったの?』と
つい突っ込み入れたくなる大阪人。
明日もきれいでいられますように・・(^^)

| | Comments (2) | TrackBack (0)

April 13, 2008

きみを想う夜空に

41hhpzxdrql_3ニコラス・スパークス(著) 雨沢 泰 (翻訳)

主人公のジョンは1977年生まれ。陸軍の兵士。ジョンは9.11の同時多発テロによって、図らずもイラクへ派兵され過酷な戦闘を体験する。そうした「アメリカの現代」にもてあそばれる運命の展開は、主人公の恋愛の行方に大きな影響を与えることになる。

そして・・以前は自閉症と誤って診断されていたアスペルガー症候群も、この物語において重要な位置を占めている。

いつも思うことですが
本を読むと・・必ず今読んでいる内容とシンクロしているかのような場面にたくさん出会うのです。自分がそういうフィルターを通してすべてを見ているからなのでしょうか?

たとえば・・
先日、オフ会が行われたのは基地の町・岩国でしたから、米軍の若い人達とすれ違ってあいさつをかわすたびに、彼らがみんなジョンに見えて、彼ら1人1人に大切な家族がいて、恋人もいるんだろうなぁ?等と私の想像は留まるところを知らず広がっていってしまいました(^^)

私としては珍しく『純愛小説』。冷静に見れば、現代アメリカの小説で“狙って創られた”作品と言えるのですが、何と言っても私の感性は単純にできているので、静かな切なさで綴られたこの恋愛小説に素直に泣きました。人と人が出会うことはいいなぁと改めて思わせてくれるような・・そんな物語でした。

人が人を想う気持ちというのは、ものすごく自然なもの。そして、それとは全く違う次元で、人は義務とか責任とか運命とかそういうものを背負って生きている。違う次元のものだけど、生きて行く中でそれらが混ざり合って存在しているということが、耐えること祈ることを教えてくれる。君を思うために君から離れる、君を思うからこそ悲しみに耐える。深いものを知れば知るほど人は遠く広く見渡しながら生きていけるような気がします。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 01, 2008

品格よりも・・

Htbookcoverimage 31773337 31656526
「ホームレス中学生」の隣に「女性の品格」が並び
その斜め上に「陰日向に咲く」が並ぶという場面が
本屋さんの店頭に広がっていました。
一冊の本に興味を持つというよりも
そういう光景に不思議なおもしろさを感じ眺めていました。
そして、「品格」とは程遠いところであっぷあっぷしながら
良心と?葛藤しているこの自分を思いました。

で、結局「女性の品格」は通過し『陰日向に咲く』を読みました。

※どの本もすでにブームを過ぎてしまったのかもしれませんが
 私はまだどれもまだ読んでなくて・・

| | Comments (0)

January 30, 2008

生まれ変わって・・

新年が明けたと思ったらもう1月も終わりそう。キャロ父さんは年明けから多忙を極め、私は精神的に多忙・・色々なことがどっと押し寄せてきてグルグル回っていたような1月でした。

雪がたくさん積もった昨日は家に『雪ごもり』。気持ちを切り替えて、積んだままになっていた本【秘密:東野圭吾】をようやく読みました。ミステリーでありながら、家族の愛を再確認させてくれるすばらしい本でした。(ずいぶん前に映画化されてます)

『目に見えるものだけが悲しみではない』・・一番印象に残った言葉です。加害者には加害者の、被害者には被害者の、悲しみ苦しみがいくつもの側面を持ちながら存在するんだってことが深く描かれています。作者のバランス感覚の鋭さ、すごく考えさせられるものがあります。

毎日毎日色々なことがあります。そこから何を自分が掬い取っていくのかは自分の心次第です。自分の手で掬い取ったものが次の自分へと導いてくれる。そういう連鎖が自分の人生を作っていく。あの出会いがあってこの出会いがある。そしてそんなふうに形を変え過ぎ去ったものたちが、私の心の中にずっとずっと残り存在し、そういうもので私という人ができている。だから素晴らしい出会いも、絶望的な別れも私には感謝すべき大切なひとつひとつであることに違いなくて。遠い記憶になればなるほど、そういう境目が消えていくような気さえします。

なんとなく・・『中島みゆきさんの時代』という歌が口癖になってるこの頃・・

そんな時代もあったねと
いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう
まわるまわるよ 時代はまわる
喜び悲しみ繰り返し
今日は別れた恋人たちも
生まれ変わってめぐりあうよ

※私が聴いてるのはリカバリーされたこの方のCDです→これ

| | Comments (4)

January 06, 2008

遺されたものとの対話

41oj8noyll

【親の家を片づけながら】リディア・フレム (著), 友重 山桃 (翻訳)
フロイト研究で知られるベルギー在住のフランス人女性精神分析学者フレムの大ベストセラー。本書は、作者自身が父に続いて母を失った時の実体験での心情を綴った記録。


新聞でこんな本が紹介されていました。私もこの2年間、キャロ父さんといっしょに本当に少しずつですが『親の家の片づけ』を続けてきました。そして今もまだその途中です。 キャロ父さんにとっては生まれ育った家ですから、私とは比べものにはならないくらい思い出深いものばかりが詰まっているはず。それでも私以上に割り切ってどんどん処分していくキャロ父さんは本当に強いなぁと側で見ていて思います。私ならできるだろうか?と・・

お正月、息子達から『幸せ?』って質問されたのですが・・私は珍しくあいまいに『不幸ではないよ~』なんて答えてしまいました。本当は『超幸せ~』(レベルは低いけど)って答えたかったのにちょっと遠慮したかな?(^^)私は彼らには日々正直な自分の気持ちを伝えていきたいなぁと思っています。後で彼らが見知らぬ私に気づいて驚くことのないように・・私はできるだけシンプルな自分でいつもいつもいたいし、そんな生活を彼らに伝えていきたい。あんまりたくさん持ちすぎないように、彼らの目に映っているままの自分でいつもいたいと思う。

| | Comments (4)

November 02, 2007

心と心

51jyoybr4sl

犬身:松浦理英子/著

犬好きなので目が止まってしまいました。新聞でこういう本が紹介されていました。

主人公の女性がオスの子犬となって、思いを寄せる女性を守ろうとする、ちょっと奇抜なストーリー・・

作者は・・「犬好きの人はなぜ犬を愛するのか。犬はなぜ人を慕うのか。人と人との愛情関係とは違うものを描きたかった。そして、犬の優しさ、愛らしさ、一心に飼い主を思う純粋さも描いてみたかった」とコメントされていました。

私は生まれつき極度の犬好きなんですが、どうしてこんなに犬に惹かれるんだろうとよく考えます。犬嫌いの人だってたくさんいるのに、どうして私はこんなに犬が好きなんだろ?まぁいくら考えても結論は出ないのですが、私の場合、大好きな犬というのは自分の犬だけではなくて、通り過ぎるだけの犬にもその度にすごく心が惹かれるんですよね~

もしかしたら私の前世は『犬』だったのかもしれませ~ん。

犬と接しているとすごく癒されますが、そういう心地いい感情の中に少しだけ「悲しみ」のようなものも私はいつも感じています。その部分が自分でもよく理解できないところなんですが・・

風折留亭さんの記事の中で『僕はすべての生物に心は存在すると思っている』と書かれています。犬飼としてはこの部分にかなり反応してしまいました。もちろん私も同感。私がいつもワンコに感じる「悲しみ」というのは、もしかしたら彼らが持っている『心』と、人である私の『それ』との間に生じている何かが引き起こしているのかもしれないなぁ~と・・

| | Comments (6) | TrackBack (0)

October 10, 2007

まだ途上

21q7bytmb2l

未来は今、もうあなたの手の中にある。その意味がわかった。私は、ずっとどこかへ向かう途上。どこかへいく途中なのだ。途上にある時だけ、未来があるのがわかった。ゴールにたどり着いたと認めた瞬間に、未来は消えてしまう。途上にいて、しかもそれを楽しんでいる時、私は未来を手にすることができる。【村上龍:KYOKO・・より】


もうすぐ我が家にとって、とても大切な日がやってきます。キャロ父さんの予定をきいたら、その日の前後も仕事なのだそうです。

どんなに大切な日でも、私達にとってそれはまだゴールではないから・・キャロ父さんのペースに合わせて、ハードスケジュールをこなす覚悟を決めました。その日に備えてしっかり食べてしっかり寝て・・そしてその日が無事に楽しく過ごせますように・・

| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 01, 2007

みどりの月

Nec_0094_2ナツイチ(集英社文庫 夏の一冊)作品を一冊買うと、その場でこんなオリジナルストラップがもらえます♪ストラップの入った袋はおみくじにもなっていて楽しいです。ちなみには私は『吉』とでました。おみくじ袋の裏にはこんなコメントが・・『感受性がゆたかな日。思いっきり涙を流して、心をデトックスしよう。ラッキーアイテムは、泣ける本。』

オリジナルストラップは全部で8種類
さらに100個にひとつには「女王バチ」が混ざっていて
女王バチを当てたら大吉を超えるラッキーなんだそうです。
なくなり次第修了するそうですから
欲しい方はお急ぎ下さい(^^♪

411hd3fcq9l_2今回選んだナツイチは・・みどりの月 :角田 光代 (著) です。「みどりの月」と「かかとのしたの空」の2篇を収録した作品。読み終わったんですが、正直、よくわからいというのが感想です。人間、こんな部分を持ってるかもしれないなぁ~って思ったりもしました。やたらイライラさせられる本です。

| | Comments (4)

July 11, 2007

夏の百冊

Dsc01279_1
ダ〇キンさんからミ〇ドの割引カード頂きました♪
ドーナツが30パーセントオフだそうです。
それほどたくさんドーナツ食べられないですが
安くなるのはうれしいです♪

Dsc01280_00_1
夏休みが近づくと本屋さんで見かける『夏の百冊』。
今年もずら~っと並んでますね。
そしてその側で
『ご自由にお持ちください』と書かれた小さな冊子見っけ♪
『夏の百冊達』が短く紹介されていて・・これを読むのも楽しみ(^^)

* 発見。夏の百冊 角川文庫 * より

ほんをよむと
ほんとうのことをもっとしりたくなる
ほんをよむと
ほんねをだれかにぶつけたくなる
ほんをよむと
ほんとうにすきなひとにあいたくなる
ほんをよむと
ほんきでやりたかったことをおもいだす

416q49aerel_1で、私が読み始めたのはこれ・・
☆ため息の時間 :唯川 恵 (著) ☆

| | Comments (8)

June 07, 2007

罪悪感

41qh814hxel_1数年前に(もっと前かも?)読んだ『貝がらと海の音 』(庄野 潤三 )という本がきっかけなんですよね~子供達が結婚し夫婦二人だけの暮らしとなった作者の穏やかな日常が書かれた本なんですが―どうして若い私が(当時は若かった~)こういう本を読んだのかはよくわからないのですが ―この本の中で作者の奥様のことをお孫さん達が「おばあちゃま」と呼ぶのではなくて、「〇〇ちゃん」と読ぶ場面が何度もあって、「これいいなぁ」と思ってしまったのです。

早速、親戚の子達に『yumiちゃんと呼んでもらおう運動』を開始。赤ちゃんの時から、こんなおばさん(私)のことを「yumiちゃん」と呼ばされた子供達。しかし小さい時はみ~んな素直です。すっかり私は彼らの中で「yumiちゃん」で定着。作戦は大成功(^^)。

しかし最近、何かちょっと罪悪感・・

| | Comments (6) | TrackBack (0)

May 25, 2007

立ち読み効果

涙もろいです。
よく泣きます。
多分涙腺がゆるいんだと思います。

昨日、買い物途中の一瞬の立ち読みで
ぼろぼろ涙がこぼれてしまいました。
なんて濃い立ち読みなんでしょう。
買わずして感性を磨かせて頂きました。
経済的な私です。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

April 24, 2007

だれのために?

どちらかと言ったら、飛ぶより潜るタイプの人間かなぁって思う。高く飛ぶのは苦手だけど、潜るならいつまでだってどこまでも深く潜っていられそうな気がする。自分の世界の奥深くを探ぐるのは楽しい。

高く飛ぶのが得意な人もいるよね。そういう人は高く遠く広く飛ぶことで、自分を探っているんだろうなぁって思う。飛べる人は飛ぶべきだし、潜りたい人は潜ればいい。

どんな形にしろ自分を探り見つめることは、自分をものすごく成長させてくれるはず。自分以外のだれか(何か)の幸せを願うこともできるような大人の自分を見つけることだってできる。そしてその先には、自分だけのことを考えて生きるのとは違った世界が広がっていく。自分の大切なだれか(何か)が幸せであればいいなって思いながら生きている人生は深さとか高さとか広さがあるはず・・

そうやって生きる人生の一秒一秒は本当に大切。一秒だって無駄にできない。発する言葉の一つ一つが、大切な思い出として心の引き出しに仕舞われていく。

そういう大切なものが重なって人生はつくられている。それは記憶ではなくて、いつもそこに在り続ける。

9784048737517ぼくの手はきみのために:市川拓司

飛ぶより潜るタイプの方にはお勧めな本です~

| | Comments (6) | TrackBack (0)

March 23, 2007

ぐるんぱのようちえん

4834000834【作:西内 ミナミ 絵:堀内 誠一】
私の記憶が間違ってなければ、自分のためでなくだれかのために私が初めて読んだ絵本はこれでした。おはなしはこんな感じです・・

『ぐるんぱ』はとっても大きなぞうなんです。ずっとひとりぼっちで暮らしてきたので汚くて臭いです。ひとりぼっちが寂しくて大きな涙を流したりしていました。ある時ジャングルの会議でぐるんぱを働きに出すことが決まりました。グルンパはみんなにきれいに洗われて見違えるほど立派になって出発。

張り切って社会に飛び出したぐるんぱですが、やる気が空回りして中々うまくいきません。ビスケット屋さんでも失敗して追い出され、くつ屋さんでも失敗。行く先々で失敗を繰り返したぐるんばは、昔のように涙が出そうになります。でもあきらめずまた次の仕事へ・・そんなことを繰り返すうち、ようやくぐるんぱは自分を必要とする子供たちに出会います。ぐるんぱは自分の居場所を見つけることができたのです。ぐるんぱはもう寂しくありませんでした。

ぐるんぱは行く先々でとてつもなく大きなものを作って(ビスケット屋さんでは大きすぎるビスケットを、くつ屋さんでも大きな靴を)失敗ばかりしました。でも、最後につくった幼稚園が大成功。子供達に囲まれて幸せそうなグルンパの笑顔がとても好きです。『ぐるんぱがんばったね』って思わず声をかけたくなります。

私にとって思い出の絵本。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

March 04, 2007

鈍感力

408781372x01_1渡辺淳一さんは『失楽園』や『愛の流刑地』など、ちょっと私てきにはひく感じのものをたくさん書かれていますが、もともと医師である彼が書いた『鈍感力』というところに説得力というか面白さがあるのかなぁ?と思います。

いやなことがあってもすぐ忘れて前向きにすすんでいけること、肉体的にもよく眠れて目覚めもよく、なんでも好き嫌いなく食べて消化できること。そういう『鈍感力』こそが、生きていくうえで大きな力となり、本来の才能を育み、大きく花開かせる原動力になると作者は書いています。

大きな意味でのプラス思考が元気な体を作り、元気な生き方へとつながっていくということなのでしょうね。

たとえば私の場合、子供を育てる中で鈍感化していく自分を感じさせられる場面に何度も遭遇しましたね~独身だった時には考えられないような自分を何度も目撃しました。子供の〇ンチを汚いとも思わないし、子供の食べ残しを普通に食べられる自分。鈍感化したからこそ子供を育てることを幸せだと感じられたのかもしれません。

『子供のことはたとえどんなことでも最終的には許すことができてしまう愛。この大きな愛こそ、鈍感力以外のなにものでもない』とも書かれています。

鈍感力=愛・・ということ(^^)

| | Comments (6) | TrackBack (0)

January 07, 2007

手紙

雪が降り積もった日曜日。去年の暮れに買って放置したままになってた本『手紙:東野圭吾』を一気読み。久しぶりに読書です。

416711011301_1犯罪を犯し服役中の兄。その弟であるがために主人公が受ける差別や偏見は、彼から様々なものを(仕事・恋人・音楽)奪っていく。立ち向かっても、逃げようとしても襲いかかる苦境。背を向ける人達。彼はやがてそういうものすべてが、兄が犯した罪に対する刑の一部なのだと思うようになる。犯罪者は自分の家族の社会性をも殺す覚悟を持たねばならないのだと。そして兄に書く絶縁の手紙。

物語の中でそのテーマを象徴するように、ジョンレノンの『イマジン』が何度も登場する。差別や偏見のない世界。そんなものは想像の産物でしかない。人間というのは、そういうものとも付き合っていかなきゃならない生き物なんだ。すべての人々が、等分にすべてを分かちあえる世界を思い描いてごらん。夢見てるって言われるかもしれないけれど、いつか君も僕たちに加わって世界が一つになることを願っているんだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 30, 2006

永遠の火

正直な気持を書こうとするとまだまだキャロのことになってしまいます。毎日、キャロのことを思うのは自然なことだと思うので、しばらくはキャロを思って暮らすことにしました。でも、私は予想外に元気です。キャロが元気ビームを送ってくれてるのかも。

「キャロは本当に存在したんだろうか?」と最近、よく考えてしまいます。あんなに信頼した目で私達をいつも見つめてくれていたキャロが本当にどこにもいないのです。キャロは夢だったのかなぁ?すべてが夢の泡なんでしょうか?私も私をとりまくものすべてが夢のようなものなんでしょうか?

4163248706_2 田口ランディ:永遠の火( 被爆のマリア )


今から60年前、広島と長崎に恐ろしい爆弾が落ちました。たくさんの人々、美しい街並みやきれいな川、そこに住んでいる魚や虫たちも、一瞬にして消えました。あれから60年……。父親から突然、結婚式のキャンドルサービスに「原爆の火」を使ってほしいと頼まれ困惑してしまう主人公の女性(佳代子)・・

父の突然の申し出にびっくりし、主人公(佳代子・・1人暮らしをして数年たっている)は久しぶりに実家に帰る。年老いた両親の日常を眺めながら、娘である自分が家を出ていってからの両親達がこの家で過ごしてきた時間を思ってみた。それまで、残された父母がどうやって生きてるか?なんて考えたこともなかったのだ。久しぶりに両親とお墓参りにも行く。そんな時間の中で、見え隠れする父の「永遠の火」への思い・・

※「原爆の火」は実在の火がモデルになっています。福岡県八女郡星野村に住む男性が被爆地広島から持ち帰り、のちに、各地に分灯されていったのだそうです。

年老いた時、人が求めるものは、神でもなく愛でもなく、祈るべき何かなのかもしれない。主人公(佳代子)が実家から再び帰る時、両親が玄関で見送ってくれる。彼女は何度も両親の方を振り向く。3度目にふりむくと父母が消えていた。

突然、消えてしまったキャロのことをまた思う。生きてるってはかない・・でも、だからこそ祈るのかなぁ?永遠を・・

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 03, 2006

Banibani_16596304372_2
話題(バニ飼いの中で)になっている本です。(*^_^*)
ネットで探してみたら
まだありましたよ~♪

| | Comments (3) | TrackBack (0)

May 18, 2006

職業病

409387641x01_1こんな本読んでます(^^) 時々テレビで見かける安住さん。表情が豊かそうに見えたり無表情に見えたり・・でどっちなん?

アニメの最終回シーンだけを集めた特番なんてたまにやってますが、彼はもっとマニアックな『アナウンサー最後のOA(オンエア)担当スペシャル』な~んていうVTRを持ってるいるのだそうです。たとえば、ニュースステーション最終回の久米さんが最後の15秒になったところで冷えた瓶ビールを一気に飲み干し、最後の2秒で「さよなら」とカメラに向かっていうシーンなど・・

そして彼は、自分の担当している番組がいつ終わってもいいように、時折イメージを膨らませては番組最後の挨拶の練習をひとり部屋でしているそうです(^^)やっぱりよくわからない人です。たまには、新しい番組の始まりの挨拶の練習をするのも楽しいのではないかと私は思うのですが・・

で、彼のよくわからない部分こそが魅力なのかもしれません。エッセイの中には、彼のナイーブな部分や、尊敬する先輩のことや、忙しさの中で一生懸命自分を見つめている辛さなどなど・・書かれていました。中々、いい本でした。いえ、中々素敵な彼でした。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

March 19, 2006

自分の木

大江健三郎さんの「自分の木の下で」という本の中で『子供の頃、聞いたお話』として書かれているのですが・・

『人間にはそれぞれ「自分の木」と決められた樹木があり、人の魂はその「自分の木」の根もとから降りて来て人間としての身体に入り、死ぬ時には、身体がなくなるだけで、魂はその木のところにもどってゆく。子供の自分がたまたまその木の下に立っていると、年をとってしまった自分に会うことがある』と、いうようなお話。

大江さんはそれらしく感じられる木を森の中で見つけて、年をとった自分がやって来ないかと待っていたこともあるそうです。もし会えたら「どうして(どのようは方法で?なぜ?)生きてきたのですか?」と問いかける準備までされていたとか。

一つ前の「通りすがり」の記事へ風折留亭さんから頂いたコメントから、↑のお話を思い出してしまったのですが・・あの時のお婆さんが未来の私なら、私も-大江さんと同じく-「どうして生きてきたのですか?」とあのお婆さんに聞きたかったなぁ~

でもでも、じっくりあの場面を思い出してみると、お婆さんは私に、ただただ『犬には一生懸命話かけてやりんさい。子供を育てるのと同じじゃけんね。あなたはね一生懸命この子に話しかけてやりんさいよ~』とそれだけを繰り返してはったような気がします。未来の私が今の私に言いたいことは、ただそれだけだったのかもしれませんね。

今、自分の側にいるもの達を大切にして生きていきなさいというメッセージなのでしょうね。了解しました。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

February 24, 2006

伝えたかったこと

意識が遠のいていく中で、母が消え入りそうな声で言ったのは、息子(キャロ父さん)を思いやる言葉でした。その場にキャロ父さんはいなかったけど、母の中にはその時も息子が側にいたんでしょうね。母が逝き、年が明け1月が過ぎ、私はリリーさんの『東京タワー』に出会うことになります。本と現実とは全く違う次元のところにありながら、私の中ではいつもどこかつながっています。

リリーさんのお母さんの闘病生活も息子への深い思いもすべて、母のそれと重なり、私は母の最期の言葉をまた思い出してしまいました。『東京タワー』という物語を通して母が私に話しかけてるような気がして・・母が一番言いたいことはこういうことだったのでしょうね。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

February 16, 2006

読むべき一冊でした。

『東京タワー』ようやく読み終わりました。泣いてしまうような本はあんまり好きじゃないのに、ついつい最後まで読んでしまいました。

母のことを「オカン」て呼んでた兄ですが、最近は時々「おばあちゃん」なんて呼んでることがあるのに気づきました。姉は高齢な両親が「〇〇に行きたい」と言うと多忙な中、付き合ってくれてるみたいです。私は一番遠くから見ているからか、両親の高齢化に鈍感なのかもしれません。のんきにまだまだ両親はこのまま元気でいてくれるような気がしています。

でも、リリーさんの『東京タワー』を読んでどきっとした自分がいます。

両親の子供として生まれ、両親に育てられ、両親のことは何でもわかっているつもりでいたけど、もしかしたら子供である私は、両親のことを何も知らないのかもしれません。どんな思いで娘である私を育ててきたのか、どんな人生を両親は夫婦として過ごしてきたのか?私は多分、何も知らないのでしょうね。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

January 07, 2006

終わりのない旅

000078080000 【ノーザンライツ:星野道夫】より

時々風が森の中を吹き抜け、木々がざわざわと揺らめいていた。朽ち果て、すっかり苔むした倒木から、この上に落ちた幸運なトウヒの種子が新しい芽を出していた。倒木は養木となって、いつの日か自分の姿がすっかり消えるまで、この小さな芽を一本の大木に育てあげるのかもしれない。あらゆる生命体が、ゆっくりと生まれ変わりながら、終わりのない旅をしている。

アラスカの野生動物を主に撮り続け、カムチャッカ半島で熊に襲われて亡くなった写真家、星野道夫。彼の写真、エッセイ共に大好きです。何度もここに書いたかもしれませんが・・時々、彼の写真や文章に会いたくなります。大きな地球時間からすれば、私達が今、生きているということは本当にちっぽけなことなのですが、それは逆にとても大切でかけがえのないものなんだということをいつも思い出させてくれます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 17, 2005

ハイジのような・・

今日は朝から吹雪でした。まだまだ冷え込んできそうな予感。でも家の中は暖かで外の寒さがうそみたい。

時々読んでみたくなる江國香織 さんの『ハイジのような、やさしい心』。

暖かな家の中にいると、少しはハイジになれそうです。でも、吹雪の中だと自信ないなぁ・・

【ハイジのような、やさしい心(泣く大人):江國香織】より


ハイジのような、やさしい心が欲しい。ずっと、そう思っている。ハイジのどこに憧れるかというと、自分と他人にわけへだてがないところ。普通はわける。他人より自分をまだ少しは信じているので、他人の方に少しやさしくする。ハイジは違うのだ。他人を信じている。がみがみ屋のロッテンマイアさんのことも、ちょっと我儘なクララおじょうさんのことも、ペータのことも、村人におそれられているおじいさんのことも。

他人を信じられるというのは、自分がきっと、きちんとしているのだ。自分の中に悪意がないの。それはなんてシンプルなことだろう。ハイジのやさしさは、ハイジの強さだ。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

December 11, 2005

誰にでも平等に・・

フンデモケッテモコロンデモ朝は必ずやって来ましたね今までの経験では。そして朝が来るたびに違う自分になれてたらいいなぁって思ってたのに、何度新しい朝が来ても昨日の自分とちっとも変わってなくて・・そんなことがずっとずっと続いて・・でもね、それは急に訪れるものらしいです。どんな状況にあろうと、誰といようと。ただ、予測することだけができないみたい。

4163220100 【デッドエンドの思い出:よしもとばなな】より

秋の空は透明な色をしていて、景色と溶け合うところまですうっと澄んでいて、どこまでもあいまいで、はっきりした感じが何もなくて、宙ぶらりんな私を優しくなぐさめた。そうして歩いているうちに、陽で体が心地よくぽかぽかしてきた。

私は西山君の幸せそうな顔がとても好きだった。彼にはいつだって何か特別なものがあった。それはもちろん幸せというものに関することなのだが、どうしてもそれははっきりと言葉にできないものだった。

西山君のなんとなく人をくつろがせて楽しくさせるその特別な力は、彼が自由であろうとしていることから発しているんだな、と私は思った。今ならわかる。最低の設定の中で、その時私は最高の幸せの中にいたんだということが。あの日の、あの時間を箱につめて、一生の宝物にできるくらいに。その時の設定や状況とは全く関係なく、無慈悲なくらいに無関係に、幸せというものは急に訪れる。どんな状況にあろうと、誰といようと。ただ、予測することだけが、できないのだ。自分で思うままに作り出すことだけができない。次の瞬間には来るかもしれないし、ずっと待ってもだめかもしれない。まるで波やお天気のかげんのように、誰にもそれはわからない。奇蹟は誰にでも平等に、いつでも待っている。私はそのことだけを、知らなかったのだ。

| | Comments (9) | TrackBack (2)

October 29, 2005

みどりのゆび

父はずっと昔から庭木と会話をしているらしい。「もっと水を欲しいって言ってるやろ」って父は子供の私によく同意を求めましたが、意味不明だった私はただ黙っていました。最近、父と同じように植物と会話ができる人にちょくちょく遭遇することがあって、私が植えたお花がいつも元気がなくてあまり育たないのはそういうところに原因があるのではないかと思うようになりました。


4167667010以下-【吉本ばなな 『体は全部知っている:みどりのゆび』】よりです-

ふいに祖母が言った。
「アロエが切らないでって言ってるの。」「アロエが駐車場の陰で車にふまれて痛いって。」「にきびも傷もなおすから、花も咲かせるから、切らないであげて。」「それでね、おばあちゃんはあんたにはわかると思うの、そういう感性がね。植物ってそういうものなの。ひとりのアロエを助けたら、これから、いろんなね、場所でね、見るどんなアロエもみんなあんたのことを好きになるのよ。植物は仲間同士でつながっているの。」
一気にそう言うと、祖母は眠った。

そうか、こうやってつながりができていくのか、もうアロエは私にとってどこで見ても見る度にあったかいものや優しいものにつながっていく。どのアロエも私には等しくあの夜に植え替えたアロエの友達だ。人間と変わらず縁ができていく、こうしていろいろな植物と私はお互いに見つめあっていくのだ、そう思った。

祖母から私が受け継いだものは、たとえ根拠のない迷信のようなものであっても確かに役立っていくその力、よく言われる「みどりのゆび」なのだった。この才能があれば植物はその生命をこの腕の中でぞんぶんに輝かせることができるはずだった。こうやってこの仕事についた人々と私もまた、つながっていくのだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 10, 2005

初めての季節

ちこさんの作られた【まほうのエプロン】は、とっても可愛くてやさしいお話でした。読み終わったら子供の頃にタイムスリップ♪

母の洗濯機(かなり古い型ですが)のそばで遊んでいた自分を思い出しました。まだ3歳にもなってなかったはずなんですが・・覚えてますね。初めてのお手伝いとか初めてのおつかいとか何もかもが初めての頃でした。risu7

小さなお弁当箱にお弁当を詰めてもらって、近所のお友達と自宅の物干まで『初めての遠足』に。青空の下で食べる初めてのお弁当♪どんな味だったのかなぁ?それはもう思い出せないです。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

September 03, 2005

人が人として・・

いつだったか兄が私に「何かあった時にはほっとかへんから」なんて言ってくれたことがありました。何かあった時ってどんな時なんやろうか?と考えてしまったりして。いつまでたっても心配かけてしまうというのは申し訳ないことです(-_-;) 兄も結婚し家庭があるし、私自身ももう兄の妹という存在だけではないわけですから・・ でもそんな兄の言葉はうれしかったですね。

【世界中が雨だったら:市川拓司】の中の三つの物語(琥珀の中に/世界中が雨だったら/循環不安)を忙しさの合間にようやく全部読み終えました。それほど長い物語じゃないのにね・・最後に読んだのは「世界中が雨だったら」 周囲からの様々ないじめに苦しみ自分を見失い自殺をしてしまう少年の物語。何もかも失った彼の心の中に最後に残ったのはやさしくて強い姉の存在でした。多くを求めなかったら少年はもっともっと生きていられたかもしれない。というより、けっして多くを求めていたわけじゃなくて、少年はただ「愛」だけを求めていたのかもしれません。「愛することと愛されること」そこが人が人として生きていくための大切な部分なんですよね。

02hisila2

【世界中が雨だったら】より
死は自分とは無縁なもの、それは年老いた人間だけに訪れるものと少年はずっと思っていた。だが、いま、少年と老人たちは見事な相似性をもって重なり合っていた。あらゆる可能性を使い果たし、選択はひどく限られている。老いるとは結局そういうことだし、少年の置かれた状況もまたそれと同じようなものだった。少年は十五歳にしてすでに老いさらばえていた。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 24, 2005

世界中が雨だったら

4104767018
疲れ気味だったので美味しい本が読みたいなぁと思った。市内に出かけたついでにふらっと駅前の小さな本屋さんに入った。入ったとたんにブルーの本と目が合った。タイトルは世界中が雨だったら著者はあの『いま、会いにゆきます』の市川 拓司 。サブタイトルは『ここにいるのはもうひとりの僕です。』・・私としては疑う余地なしでしたぁ。(これが間違いの元)

本を開けると、[琥珀の中に/世界中が雨だったら/循環不安] この三つの物語の目次があって、まず一つ目の物語を吸い込まれるように読んだ。そして途中でぎょっ・・・ ラブストリーのはずが殺人だの死体だの何これ?って言う感じ。美味しいどころか?疲れた心がさらに気持ち悪くなって・・本選び間違ったぁ~なんて思いながらも次の物語に期待してみることに。でもまたこれが強烈な『殺人』や~ん(-_-;)。それでも「げぇ~」とか言いながら次へ次へとページをめくって読み進んでしまう不思議。さすがミリオンセラー作家(^_^)。感心してどうするの?

それで最後に残った物語は、タイトルと同じ「世界中が雨だったら」。またまたすごい殺人事件が起きるのかなぁ?ここまできたら、覚悟決めて読んでしまうことにしま~す。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 27, 2005

賢く・ふわっと・・

昨日はこの暑さの中、無謀にも真っ昼間、南向きのリビングのガラス磨きなんて珍しくやりました。汚れていたカーテンもついでに洗濯。ガラスとカーテンはスッキリ。でも自分は汗だくのよれよれ~・・愕然(-_-;)

で、今朝はいつも飲むコーヒーを後まわしにして、朝陽が射してくる前に昨日やり残したガラス磨きを・・ 早朝の空気はひんやりさわやか・・ 快適作業でした。

わざわざ暑い日差しの中、汗だくになってガラスを磨くような無駄っぽいことをするのが私らしいかもしれません。もうちょっと賢くふわっと生きられたらいいのになぁと思うのですが・・

私のためだけに生きるのなら、私はすごく小さい。でも、私を必要としている人がいるから、私はひとまわり大きな力が出せるし、出したいと思うのだろう。【王国:よしもとばななより】

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 21, 2005

一行に出会うために・・

お返事おそくなってすいません。言い訳になりますが・・ 精神的にも?肉体的にもバタバタしておりましたぁ~ 落ち着かないとメールを書こうとしても書き進めなくて・・

生きてると傷つき傷つけることがたくさんありますね。本を読むと、その時その時自分がかかえているものへの『答え』みたいなものが必ず見つかります。それはそういうものを求めて読んでいるからなのでしょうけれど。「王国」は私に色々な答えを提示してくれましたぁ。

「王国」から引用した部分は、今の私が一番深く感じたところだったと思います。私はこの一行に出会うためにこの本を読んだのだなぁと思いました。ふっと今の自分を別の角度から眺められたようで、心地いい風が心の中を吹き抜けていきました。

あと少しというところで本をちょっとストップしています。最後はしっかり時間のある時に読みたいなぁって思います。

素敵な本を紹介して下さってありがとうございます。

ごめんなさい、返事になってないかも・・

| | Comments (2) | TrackBack (0)

July 12, 2005

心のつながり

025418100000子育て中は忙しくて、子供を育てているはずが、子供との時間が中々持てないみたいなジレンマがありました。本を読んでやりたいと思っていても、気がつくと一日が終わってたり・・ で、ある時から寝る前に本を必ず読もうと決めました。忙しい時はそれこそビデオの早送りのような読み方でした。(笑) それでも息子達は気にしてなくて、早送りは早送りなりに楽しんでいるようでした。もちろん時間のある時はしっかり読みましたね。物語に入り込みすぎて困ったことも・・感情入れすぎ~(爆) でも、そういうちょっとばかげた毎日の積み重ねが、未熟な母である私と子供達の心のどこかとをつないでくれていたような気がします。それはずっとずっと後になって気づいたことですが・・

私自身も母が忙しい合い間に読んでくれた 『シンデレラ』 や 『アンデルセン童話』 は、その中に描かれていた絵といっしょに今も思い出すことができます。母はもうそんなこと忘れてしまったでしょうね。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

July 01, 2005

続・青い鳥

夏風邪ひかれたそうですが、よくなられましたか?『続・青い鳥説』メール受取りましたぁ。そして、思いっきり笑わせて頂きました。

―了解頂いたので失礼して・・↓あなたのメールよりです―

「青い鳥」を言う私も私 「こら~このバ○息子 家から出て行きやがれ!!」 と息子の襟首をつかんで玄関から蹴り出すのも私 空の青さに感動していつまでも眺めてるのも私 職場では「あの○ソ○バ 2度と来てくれんな」 と叫んでる私・・・ 職場で「青い鳥」の話なんてきっと絶対することはない yumiさんには私の綺麗な部分を見てもらってるから 綺麗な心でメールを書ける自分がうれしいのかな

あなたは正直です。私も正直言えばあなたと同じ。言葉にするときれいごとになってしまうようなところがあって、時々自己嫌悪に陥ります。でも、あなたのおっしゃる通り、それもこれも自分ですよね。(笑)410383403X

王国読み始めました。あなたがこの本に決めた訳、理解できそうです。

『人のいるところには必ず最低のものと同時に最高のものもあるの。憎むことにエネルギーを無駄遣いしてはいけない。最高のものを探し続けなさい。流れに身をまかせて、謙虚でいなさい。』(『王国:よしもとばなな』より)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 29, 2005

青い鳥

4103834056王国」私も読んでみようかと思っています。

『若い頃は こういう本を読むたび 私も運命の人に会いたい と思ったものです。でも「青い鳥」は自分のまわりを何羽も飛び回っていることに 歳と共に 少しずつ気付き始めました。 』というあなたからのメールに立ち止まってしまいました。

私は人に出会うと、その人がどんなことを感じたり思っているんだろうってとても興味があって・・でも、あなたのこの『青い鳥説』は、あなたの心のすごく大切な部分が表現されていて、あなたを覗きみたような気がしてドキッでした。自分のまわりを飛び回っている「青い鳥」。がむしゃらに追いかけるのではなくて、その優雅に飛ぶ様を遠くから眺めながら、その時がきたらそっと一羽を選べたらいいなぁ~なんて贅沢な夢でしょうか?ふとそんなこと思いました。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

June 16, 2005

もしも私が、そこにいるならば

4093861250あのセカチューの片山恭一さんの作品 『もしも私が、そこにいるならば』  サブタイトル:一瞬のような一生。一生のような一瞬。

自分の一生は、あの一週間のためにあったのかもしれない。そんな一生のような”一瞬のきらめき”を透徹した目線で、切なく静かに描いた短編集。

自分が今まで生きてきた中で、実現しなかったものって、いつもいつも心の中に残っていて、それが不完全であればあるほど、そこから自分が遠ざかるほどに、それはきらめいて見える。もちろん私の中には、実現したものもたくさんある。でも、不思議なことにそれも実現したその時から、まるで逆行する如く、時間の経過とともにどんどん不完全なものへと移行していく。ただ違うのは、一度も実現しなかったものだけはいつまでもきらめいた存在であり続けていられるということだ。結局完全なものは何もなくて、人はいつも不完全なものを見つめている。

↓“もしも私が、そこにいるならば”より引用
結局のところ、私達の人生というのは、実現したことではなく、実現しなかったもののためにあるのかもしれない

| | Comments (2) | TrackBack (0)

June 11, 2005

おせっかい

今風のファッションの若い女の子が本をペラペラめくっている。彼女が手にしてるのは、私が先日一気に読んだ白い本。本屋さんのレジ近くにたくさん並べられていたけど、昨日はその数がかなり減っていた。どういう人が自分と同じ本を選んで買っていったんだろう。で、さっきの女の子はまだ迷ってる様子。「その本、すっごくよかったですよ。是非、読んでみて~」なんて心の中で叫んでるバカなおばさん。彼女が本をパタンと占めて腕の中に抱えレジへ。よかったぁ・・ 彼女にとって、素敵な一冊になりますように・・

| | Comments (5) | TrackBack (0)

June 03, 2005

あなたへ

409386151X
あなたのいない日々が、慌しく過ぎていきます。お元気ですか。私は変わりなく毎日を過ごしています。』

→の『あなたへ』はこの一行から始まります。

本は初めの一行で決まり。そして、吸い込まれるように一気に読めたら、最高の本、私にとって・・今日、出会った本もそういう感じ。久々の出会いです。

作者は15歳の女の子。好きな部分に無造作に線を引きながらが本を読むのが私の癖。彼女の本は最初から最後まで線を引いてしまいそうだったので、途中から線を引くのをあきらめました。15歳の女の子らしいとってもいい本でした。ちょっと恥ずかしいですが暴露すれば -涙を流すような本はあんまり好きじゃないですが- ぼろぼろ泣きました。傷つきやすい15歳の頃。だれの中にも「あなた」は存在したはず。私の中にももちろんありましたね。傷ついても再生していけたのは、そういう出会いが心を包み成長させてくれたからでしょうね、きっと。

あなたへ:河崎愛美』より
それが自然の流れなのだと思います。いろいろなものが複雑に絡み合っているけれど、この流れは決して変わることはないと思うのです。朝、昼、夕方、真夜中、そして夜明け、大きな流れの中で、私たちは生きているのだとわかりはじめてきました。
ほら、太陽が地平線の彼方にうっすらと色づいてきています。長い長い夜が終わろうとしていますね。あとは明るくなっていくだけです。
たとえ夜が再び訪れたとしても、太陽は消えてはいないのです。目に映らなくなっただけで、太陽はいつもと同じように輝いていることを忘れてはいけないと思います。
あなたはこの世から消えてしまったけれど、きっと太陽のように見えない場所で見守っているのですね。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

May 21, 2005

いてくれる。

突然、亡くなった○○○のことを私は今でもよく思い出します。というより、今度会ったらこんな話しをしようなんてあれこれ考えていたりします。そして、ふっと気づくのです。もういないんだって・・

b1小澤征良さんのエッセイ「終わらない夏」の中で、死んだはずの人が自分の車の後部座席に座っているのを目撃するという場面があります。彼女にとってその人は大好きな人でした。心臓はどきどきしてるのに怖くなくて、彼女の心の中はやっと会えたという安心感と喜びでいっぱいに・・・

以下「終わらない夏」より・・
『私は少し嬉しくなった。寒い夜に温かいココアを飲んでいるように少しずつほんわりと嬉しくなった「死んだ人にもう二度と会えない」と思うのと、「死んじゃった人に絶対会えないわけじゃない、いてくれるのだ」と思うのとではずいぶん違うから。すごく心強い気持ちがした。』

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 20, 2005

話を聞くこと

「話を聞かない男、地図が読めない女」
なんて本ありましたよね。
私の場合は地図が読めないだけでなく
話も聞かない女かも・・・(-_-;)
「話しを最後まで聞け~」って
いつも言われます。
58439127

Iさんから
本(私がわたしになれる本)を
頂いたのはお正月前でした。
今頃、やっと読み始めています。
しかし、読みながら
Iさんがものすごく
私を知ってくれていることに
驚きました。
こういう本、私好きですね。
Iさんは
話も聞けて、地図も読める女性なんだろうなぁ・・
私ももうちょっと人の話し
聞くように心がけねばと反省。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

February 02, 2005

『ヒト』

郵便局に書留速達を出しに行った。
窓口に置いて合った小冊子をパラパラ~
素敵なポエムに出会った。


ふいに思うのは、この星は
強がっているモノでいっぱいだということ
ヒトというのは
そんなモノだということ
そして自分も
その中の1つだということ
強くないから、弱いから
強がっているだけの、たくさんの
その中の1つだということ

時々思うのは、ヒトが
何を理解しているのかということ
どんなに頭のいい博士が
地球を語っても、月を、太陽を語っても
限りなく永遠に続く宇宙の中の
ちっぽけな1つに過ぎないということ
限りなくヒトは無知だということ

いつも思うのは、自分が今ドコに
いるのかということ
必死に地面にへばりついて
強く自分を主張している
そんなヒトに流されて
キモチだけずっと先にいて
カラダはいまだに振り出しの
自分はドコにいるのかということ
自分探しの旅に
出てみようかということ。    -上村葉月さんの作品-

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 26, 2005

たいせつなこと

taisetuたいせつなこと より

そらは いつも そこにある
まぎれもなく あおくて
たかくて くうきに みちている
そして ときおり
くもが とおりすぎていく
でもそらにとって
たいせつなのは
いつも そこに ある
と いうこと 

あなたは あなた
あかちゃんだった あなたは
からだと こころを ふくらませ
ちいさな いちにんまえに なりました

そして さらに
あらゆることを あじわって
おおきな おとこのひとや おんなのひとに
なるのでしょう

でも あなたに とって
たいせつなのは

あなたがあなたであること

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 21, 2005

裏バニ写真館:その2

s-1105710860
Dog World:最新号のご案内

↑は☆さんがペッタンして下さった写真で~す。
この本には載れなかったですが
↓のサイトに我がキャロ家もどうにか載ることができました。
見慣れた写真で恐縮ですが・・・
親ばか炸裂しました。
うれしい~☆

裏バニ写真館:その2


| | Comments (6) | TrackBack (0)

December 22, 2004

ドナーカード

2924shoh
『やっと手に入れました。
ドナーカード。』
○ちゃんの日記で見つけた記事に
ちょっとだけ立ち止まってしまいました。

柳田邦男さんの『犠牲』という本を
ずっと以前に読みました。
柳田氏は脳死に関する知識も豊富で
臓器移植に対しても
彼なりの一定の考え
-心臓や肝臓に疾患のある人への
臓器移植に道を開くため脳死を人の死と
認めることはやむを得ない-
を持っている方でした。
でもそんな彼の息子が突然脳死状態に陥り
彼の考えは大きく揺らぎました。
実際、ある人が脳死状態に陥ったとき
身内を失いつつあるその家族はどう感じるか・・
この本は、そんな普段では思い至らないようなことを
考えるきっかけを与えてくれました。

○ちゃんの日記の記事を読んだ後
私も家族とそういう話をしました。
「私がドナー登録するって言ったら?」という質問に
夫は反対でした。
理由は
「親からもらった体を切り刻むようなことには賛成できないから」と。
(夫らしい発想ですが)

『犠牲』の中で柳田氏が
脳死である息子の目から流れ出る涙を
目撃する場面があります。
医学的にはもちろん涙を流したからと言って
脳死状態に変わりはないのですが・・・
現在医学が完璧だとはもちろん思えないし
完璧になれない部分はよく言われる
「神様の領域」みたいなものじゃないのかなぁ
と思ってしまいます。

どこで見つけたのか忘れましたが
「愛は地球を救うと言うけれど
愛はどうやって地球を救うの?」って・・・
どうすればいいんでしょうね。

| | Comments (4) | TrackBack (1)