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September 21, 2016

永遠の出口

私の場合、次いつ会えるかわからない時には「さよなら」は言わない。「またね」と言って別れる。それは素直にまた会いたいという気持ちを込めている。

でも、次回がいつなのかはわからない。ずっとずっと先かもしれないし、必ず会えるという確信もない。そういう時にはいつも、もう会えないわけではないんだからと自分に言い聞かせても、胸一杯に寂しさが広がっていく。

たとえば、4年ごとに行っている同窓会。再会はとても待ち遠しくてワクワクするのに、なつかしい友人達との楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、気がつけばいつも「またね」という場面だ。必ず私はその場面で泣く、いい歳をしてだ・・(^_^;)

楽しい再会の後にもれなくついてくる寂しさ。。 その正体ってこういうことだったんだと、↓これを読んで少しわかったような気がした。


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それから長い年月が流れて、私たちがもっと大きくなり、分刻みにころころと変わる自分たちの機嫌にふりまわされることもなくなった頃、別れとはこんなにもさびしいだけじゃなく、もっと抑制のきいた、加工された虚しさや切なさにすりかわっていた。どんなにつらい別れでもいつかは乗りきれるとわかっている虚しさ。決して忘れないと約束した相手もいつかは忘れると知っている切なさ。多くの別離を経るごとに、人はその瞬間よりもむしろ遠い未来を見据えて別れを痛むようになる。

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