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August 04, 2005

今という季節

自然の中で遊びほうけた子供の頃、つまらないことで悩み続けた思春期、何時間もかけてひたすら通学した学生時代、寝る時間が見つからなかった社会人としての自分、本に夢中になった時、訳もなく毎日親友に会いたいと思った日々、友達から遠く離れた日、パソに引き込まれていった頃。

人にはそれぞれ役割があるように、一人一人の人生においても、その時期その時期で異なる特別な意味があるような気がします。いつもその時の自分は期間限定の自分かな?次々と新しい課題が与えられ場面が変わっていく中でもがきながら、未来の自分のどこかにつながっていくだろう今を感じているのかもしれません。

いつか会えなくなる日を予感して毎日毎日あれほど親友に会い続けたのかなぁと思ったりします -話すことがなくなる程話したよね- 本やパソに引き込まれていった自分は今の生活に深くつながっているし、子供の頃の自然の中での自分や思春期の心の葛藤もすべてが今の私の一部です。

今、私の前にめぐってきたこの季節は未来の自分にどんなふうにかかわっていくつもりなのでしょうね。大きな夢を持つには年齢的にちょっとあつかましいかな?せめて楽しい未来が待っていますように・・

僕は学校が好きだった。毎日わくわくしながら学校に通ったものだ。学校にはいやな奴も大勢いたが、好きな友達がそれ以上に沢山いたからである。友達は僕の宝物である。きっと僕が死ぬまで大切に抱えていける素晴らしい仲間たちなのだと思う。大人になった今、僕は学校を失ってしまった。毎日楽しみにしていた学校はもうない。社会にでてから今日まで、僕は孤独に仕事をしてきた。それでも、一生懸命仕事がやれたのは、ふりかえると僕には素晴らしい仲間たちが大勢いたからなのだ。彼らと過ごした自然な日々は、僕の人生において大いなる大地となっている。そして、僕はそこからすくすくと伸びる一本の木なのだ。僕の根っこは彼らとつながり僕は空を目指している。【そこに僕はいた:辻仁成より】

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Comments

“人”って常に成長し続けるものなんですね。
“期間限定の自分”に共感しました。
そうか、今の自分は未来の自分のどこかにつながっているのか。
すごく納得させられる記事でした。
こういう考え方素敵です!

Posted by: ちこ | August 06, 2005 at 08:42 AM

ちこさ~ん レスおそくなってごめんなさいです。
ちょっと遊びほうけてしまってました。
コメントありがとうございます。

私はいつも“期間限定”の自分だと思っています。
いつまでも同じ自分じゃないって・・
どんどん自分の前に広がる場面も
変化していくものだって思っています。

Posted by: yumi | August 07, 2005 at 05:41 PM

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